1人SES社長が大手グループに入ってCTOになった実話。「買収=負け」ではない成功の形
「買収=負け」は古い感覚。今のM&Aは双方の成長戦略
「会社を売る=負け・逃げ・身売り」というイメージが根強い理由を正面から考えてみましょう。高度経済成長期に形成された「会社は一生もの」という価値観や、バブル崩壊後の破綻・乗っ取り報道が、そのイメージを強固にしてきました。しかし今の時代、M&Aは売り手・買い手の双方が成長するための戦略であり、買い手が付くことは「あなたの会社に価値がある」という証明に他なりません。
「欲しい」と言ってお金を出して買ってくれる相手がいること自体、会社に魅力がある証拠です。会社売却を「勝ち組の証し」と捉え直す経営者が増えているのは、M&Aの実態がメディアで正しく伝わるようになってきたからです。ゴールドオンラインのインタビュー記事でも、「売却は撤退ではなく、より大きなステージへの踏み台」という表現が使われています。
中小企業庁が2024年3月に公表した「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、M&Aは中小企業の「成長戦略の選択肢」として明確に位置づけられています。後継者問題の解決手段に限らず、企業価値の最大化や新たなキャリア形成のためのM&Aが国の政策として後押しされている時代です。
「M&Aは双方の会社にとって成長するための戦略」「売り手の成功=第二の人生のスタートと企業(従業員・文化)の継続」という現場の実感が語られています。売ることは終わりではなく、「次の章の始まり」です。この記事を読み終えたとき、あなたの「売る=負け」という感覚が少し変わっているとすれば、それがこの記事の目的です。
1人SES社長がCTOになった実話(公開情報ベース・仮想事例)
M&Aで大手グループに入ったSES社長が、その後CTOとして活躍するケースが増えています。「乗っ取られる」ではなく「大きな舞台で自分の技術力を活かせる」という転換が、今のスモールM&Aの実態です。ここでは、公開情報をもとに構成した仮想事例を通じて、そのリアルをお伝えします。
Aさん(42歳)は、創業7年になるSES会社の代表取締役でした。従業員は12名、年商は約1億8,000万円。採用コストは毎年上がり続け、大手SIerからの単価は「もっと下げてほしい」の一点張り。「このままでは天井が見える」という焦りが、Aさんの頭から離れない日々が続いていました。
ある日、M&A仲介会社のアドバイザーから一本の連絡が入ります。「御社に関心のある買い手がいます。一度、話だけでも聞いていただけませんか」。Aさんの最初の反応は「うちは小さすぎる」「乗っ取られるだけだ」という警戒感でした。テレアポが毎日数件来る現実を知っていたので、「また売り込みか」と感じたのも事実です。
それでも、担当アドバイザーの丁寧な説明が少しずつAさんの気持ちを動かしました。「売却決定ではなく、選択肢として価値を聞くだけでいい」という言葉と、「御社のエンジニア採用力と顧客基盤は、中堅SIerにとって非常に魅力的なアセットです」という具体的な説明が、Aさんの心を開かせたのです。
買い手候補との最初のトップ面談。相手は中堅SIerのCEOで、「DX支援事業を強化したい。御社のエンジニアチームと顧客ネットワークを組み合わせれば、上流工程に参入できる」と語りました。乗っ取りではなく「一緒に大きくなりたい」という言葉に、Aさんの中の何かが変わり始めました。
M&Aクラウドに掲載されているRe:BuildのグループインタビューやM&AサクシードのLuxy社長インタビューでも、同様の転換点が語られています。「最初は売ることが怖かった。でも担当者と買い手の誠実さに触れて、『これは自分のキャリアにとっても正しい判断だ』と確信に変わった」というのが共通した声です。
Aさんは株式譲渡でグループ入りを決断。クロージングから3か月後、CTO(最高技術責任者)として正式に就任しました。グループの採用ブランドを使えるようになったことで、エンジニア採用倍率は約3倍に。案件単価も平均1.5倍に改善され、社員の給与ベースアップも実現。「あの時決断して良かった」という言葉が、Aさんの口から自然に出るようになりました。
かつて「社長業のすべてを1人でやっていた孤独感」に苦しんでいたAさんは、今、経営支援チームを持ち、自分は技術戦略と採用・育成に集中できる環境にいます。「売る前より、仕事が面白くなった」という感想は、決して珍しくない結末です。
SES社長がM&Aを躊躇する3つの感情的障壁
「社員を守れないのでは」「自分の居場所がなくなるのでは」という不安は、多くのSES社長が抱える感情的障壁です。しかし実際のM&Aでは、売却後も社長・CTO・技術顧問として残るケースが多く、社員の待遇が改善される事例も多数あります。この3つの障壁を1つずつ解体してみましょう。
障壁①「負け・逃げ」という自己否定感
「自分が作った会社を手放すのは負けだ」という感覚は、起業家としての誇りの裏返しです。しかしこれは、「買い手が付く=価値がある」という事実と矛盾します。会社を売れる状態にするためには、財務の健全性・業務の仕組み化・顧客の分散化が必要です。それを達成した会社が売れるのですから、「売れること」こそが経営者としての実力の証明とも言えます。
障壁②「社員を売り飛ばす」という罪悪感
社員への申し訳なさは、真剣に経営してきた社長ほど強く感じる感情です。しかし廃業と比較してみてください。廃業では雇用は終わり、退職金も出ないケースがほとんどです。M&Aでは買い手がそのまま雇用を継続し、大手グループのブランドと福利厚生が付いてくることもあります。「社員を守るためにM&Aを選ぶ」という発想の転換が、今の時代の正解です。
中小企業庁の2025年版「中小企業白書」でも、M&Aによる従業員の雇用継続率が廃業と比較して大幅に高いデータが示されています。社員の未来を守る選択肢として、M&Aは廃業よりも合理的な判断です。
障壁③「売ったら自分の居場所がなくなる」という孤独感
M&A後に「1従業員として戻る」ことへの不安は、多くのSES社長が抱えます。しかし実際には、「CTO就任」「技術顧問就任」「事業部長として残留」など、売却後の社長の役割はケースバイケースで柔軟に設計できます。M&Aサクシードの調査によれば、売却後も何らかの形で会社に関わる社長は半数を超えるとされています。自分の役割を「設計する」という発想が、この不安を解消する鍵です。
「結局、決め手は信頼でした。M&A仲介会社の担当、買い手、相談先の弁護士と税理士、すべて信頼してないと何も進まない」という経営者の声があります。感情的障壁を超えるのは論理ではなく、信頼できる人と出会うことです。
グループ入り後、SES社長の「仕事の景色」はどう変わるか
大手グループに入ったSES社長の多くが、採用力・案件単価・役割の3つが同時に改善されると語っています。「売る前より、むしろ仕事が面白くなった」という声も少なくありません。ここでは、グループ入り後の具体的な変化を4つの観点で整理します。
①エンジニア採用力の変化
1人社長のSES会社は、採用において圧倒的に不利です。求職者からすれば「安定性が不明な小規模企業」と映ります。しかし大手グループの傘下に入ることで、グループ全体の採用ブランドが使えるようになり、採用倍率が大幅に改善するケースが多く見られます。グループ内での人材融通が可能になり、案件繁忙期の人員不足も解消されやすくなります。
②案件単価の変化
IT企業M&Aの最新動向を分析したつながり株式会社のレポートでは、「大手・中堅SIerが小規模SESをグループ内に取り込む動き」が加速していると指摘されています。グループのブランドと営業力を活かすことで、これまで参入できなかった上流工程(要件定義・アーキテクチャ設計)の案件に参入でき、平均単価の改善につながるのが典型的なパターンです。
③自分の役割の変化
採用・経理・労務・案件調整・営業……1人でやっていたすべての業務から解放されます。CTOとして就任した場合、自分の役割は「技術戦略・採用・育成」に集中できます。「経営雑務に追われて技術が好きなのに技術に向き合えない」という矛盾が解消され、本来やりたかった仕事に戻れるのです。船井総研のM&Aレポートでも、「IT企業のM&A後はCTO・リードエンジニアのリテンションが最重要課題」と指摘されており、買い手側も技術責任者の活躍に強い期待を持っています。
④ロックアップ期間とその後の選択肢
グループ入り後は通常2〜3年のロックアップ期間(一定期間は経営に関与し続ける義務)があります。この期間中は、技術戦略の立案・エンジニア採用・PMI(統合)推進が主な役割です。ロックアップ終了後は「継続」「グループ内の新規事業立ち上げ」「競業避止条項の範囲内での次の起業」など、選択肢が広がります。「売却後に時間が浮き、努力好き・仕事コミット型はメンタルが不安定になりやすい」という記録があります。売却後にやることを事前に決めておくことが、メンタル安定の鍵です。
SES会社はいくらで売れる?相場と評価のポイント
SES企業の売却相場は「年間営業利益の2〜4倍」が一般的な目安とされます(条件・タイミングにより変動)。ただし1人社長で属人化が強い企業は評価が下がりやすく、売却前の「仕組み化」が価格を左右します。最終的な金額は専門家への相談で確認してください。
SES企業の評価は主に「EBITDA倍率法(年買法)」で算出されます。EBITDAとは、税引前利益に減価償却・金利を加えた実質的な稼ぐ力の指標です。SES業界では一般に「EBITDA×2〜4倍」が目安とされますが、以下の要素で倍率が大きく変動します。
稼働率・稼働人数の安定性:稼働率90%以上が続く企業は評価が高い傾向です
顧客集中度:売上上位1社への依存が50%超の場合、リスクとして評価を下げる要因になります
属人化の度合い:社長1人に顧客・採用・技術判断が集中している場合、M&A後の業績リスクとして評価に影響します
エンジニアの技術スタック:クラウド・AI・DX関連スキルを持つエンジニアが多い企業は買い手のニーズが高い
業務マニュアルの整備状況:マニュアルが整っている企業は「引き継ぎリスクが低い」とみなされ評価が上がりやすい
「見込み買収金額は上振れしにくく、DDで下がるリスクが基本。可能な限り見込み買収金額は高く設定し、DDで多少下がっても許容できる状態にしておくのが良い」という実務の声があります。仲介会社との初期面談で提示された金額を「最低ライン」として考えておくのが安全です。
国税庁が公表している「事業譲渡に関する税務処理」では、株式譲渡所得に対して原則として20.315%の税率が適用されます。売却金額が大きくなるほど手取り額の計算が複雑になるため、税理士・M&Aアドバイザーへの早期相談が重要です。
なお、相場・税務・法務の最終判断は必ず専門家(M&Aアドバイザー・税理士・弁護士)へご確認ください。本記事の数字はあくまでも一般的な目安であり、個別案件の条件により大きく異なります。
1人社長がM&Aを進める最初の3ステップ
M&Aを進める最初のステップは「無料相談で自社の価値を知ること」だけです。相談することは売却を決めることではなく、まず「自分の会社はいくらになるか」を専門家に聞いてみるだけで、次の選択肢が大きく広がります。ここでは、1人社長が迷わず動き出せる3ステップを整理します。
ステップ①:無料相談で「自社の価値」を確認する
M&A仲介会社の多くは、初回相談を無料で受け付けています。この相談は「売却の申込み」ではなく、「自分の会社がどう評価されるか」を知るための情報収集です。知ることで選択肢が増え、知らないまま廃業を選ぶより賢明な判断ができます。「相談してみたけど売らなかった」は、よくある結末です。まず知ることが第一歩です。
ステップ②:複数社と話して担当者の質を見極める
「担当者を判断するポイントは結局一つ。自分の事業への理解度」という言葉があります。大手ブランドより担当者個人の経験値と誠実さが最終判断材料になります。最低でも2〜3社と面談し、「この担当者なら任せられる」と感じられる人を選んでください。着手金0円・完全成功報酬型の仲介会社を選べば、初期コストなしで比較できます。
厚生労働省が示す「競業避止義務に関するガイドライン」では、売却後の競業避止条項について「合理的な期間・範囲の設定が必要」とされています。仲介会社に依頼する前に、契約条項の内容をしっかり確認しておくことが大切です。
ステップ③:自社の「磨き上げ」を先に着手する
売却を急がないなら、まず自社の磨き上げを進めましょう。具体的には①業務マニュアルの整備、②顧客分散(上位1社依存の解消)、③採用プロセスの型化、④財務の可視化(月次試算表の整備)の4点です。これらは「売るための準備」でもありますが、売らなくても会社を強くする施策です。磨き上げによって評価額が上がり、結果的により良い条件での売却につながる可能性が高まります。
よくある質問(FAQ)
SES社長からよく寄せられる疑問をまとめました。M&Aを検討する前の不安解消にお役立てください。
Q1:従業員5名以下の小規模SES会社でもM&Aできますか?
できます。スモールM&Aの件数は年々増加しており、SES業界は買い手のニーズが特に高い状態です。中小企業庁のガイドラインでも、小規模企業のM&Aを支援する施策が明記されています。規模の小ささは「手が届きやすい」という意味で買い手にとってメリットにもなります。
Q2:社員に知られずに進められますか?
基本的には可能です。仲介会社との間で秘密保持契約(NDA)を締結したうえで進めるため、基本合意前に社員へ知られることは通常ありません。ただし、デューデリジェンス(DD)の段階で財務・労務情報の開示が必要になるため、信頼できる仲介会社の選定が重要です。
Q3:売却後もCTOとして働けますか?
買い手の意向次第ですが、SES社長の技術力・人脈・顧客ネットワークは買い手にとって非常に価値が高く、CTO・技術顧問として残留を希望されるケースが多いです。「売ったら終わり」ではなく「役割が変わる」という認識が実態に近いです。
Q4:売却後に次の起業はできますか?
ロックアップ期間(一般に2〜3年)の競業避止条項の範囲内では制約がありますが、期間終了後は次の起業も可能です。競業避止の範囲は契約によって異なるため、弁護士への事前確認を推奨します。「売ってまた起業する」サイクルを繰り返す連続起業家も増えています。
Q5:仲介手数料はいくらかかりますか?
完全成功報酬型の仲介会社を選べば、初期費用は0円です。成功報酬は成約時にのみ発生し、一般的には「譲渡額の5〜10%前後」とされています(規模・会社により異なる)。「着手金あり型」と「完全成功報酬型」を比較し、自社の規模に合ったモデルを選びましょう。
まとめ
「買収=負け」は古い感覚です。SES社長がM&Aで大手グループに入り、CTOとして活躍するケースが増えています。売ることは終わりではなく、次の章の始まりです。
SES企業の売却相場はEBITDA×2〜4倍。稼働率・顧客分散・マニュアル整備が評価を上げる
グループ入り後は採用力・案件単価・自分の役割の3つが同時に改善されることが多い
M&A後の役割はCTO・事業責任者・技術顧問など柔軟に設計できる
感情的障壁(負け感・罪悪感・孤独感)は実態を知ることで解消される
担当者選びは「自社事業を理解しているか」が最重要。最低2〜3社に相談して比較する