案件を抱えきれないSES社長へ。上手な断り方と大手グループ入り(M&A)の選択肢
「また案件を断ってしまった」「このままエンジニアを増やせなかったら、会社はどうなるんだろう」。そんな不安を抱えながら毎日を過ごしているSES(システムエンジニアリングサービス)社長は、決して少なくありません。本記事では、SES社長が案件を抱えきれなくなる構造的な理由と、取引先との関係を壊さない断り方の実務、そして断り続ける状況そのものを変えるための選択肢をフラットに整理します。
【著者プロフィール】M&A・事業承継の実務支援に携わるアドバイザー。IT・SES業界の中小企業オーナーとの相談経験をもとに、採用難・案件過多・出口設計の課題に取り組む事例を多数見てきた。
案件を断らざるを得ないSES社長の「構造的な詰まり」とは
SES社長が案件を断らざるを得ない最大の理由は「採用難」にあります。優秀なエンジニアが採れない構造が続く限り、案件を断るか、品質を落とすかの二択を迫られ続けます。これはあなたの努力不足ではなく、業界全体が抱える構造的な問題です。
エンジニアが採れない3つの理由
「求人を出しても来ない」「来ても3ヶ月で辞める」。この状況に心当たりのあるSES社長は少なくないはずです。エンジニア採用が困難になっている背景には、大きく3つの構造的要因があります。
第一に、大手IT企業・メガベンチャーとの待遇格差です。フルリモート勤務・高年収・充実した福利厚生が当たり前になった現在、小規模SES企業が同じ土俵で戦うのは非常に厳しい状況です。経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年)によれば、2030年には最大79万人のIT人材不足が見込まれており、売り手市場はさらに激化しています(出典:経済産業省 )。
第二に、採用ブランドの問題です。エンジニアは会社の規模・知名度を転職先選びの基準にします。「聞いたことがない会社への転職」はリスクと判断されやすく、中小SES企業は書類選考の段階で候補から外されることも珍しくありません。第三に、評価制度・キャリアパスの不透明さです。「この会社でどう成長できるか」が見えない企業は、優秀な人材ほど避けます。
下請け多重構造と単価圧迫の連鎖
SES業界では、元請け→1次請け→2次請けと多重下請け構造が慢性化しています。3次・4次の下請けになるほど、エンジニア1人あたりの月次単価は50万円を切るケースも出てきます。単価が上がらないと採用にかけられる予算も増えない。採用できないから案件を断るしかない。断ると取引先との関係が悪化し、次の案件紹介が減る。この悪循環から抜け出せず、消耗しているSES社長は少なくないのが実態です。
「稼働率100%」の社長が真っ先に壊れる理由
特にリスクが高いのが、自分自身も客先常駐しながら経営・営業・採用をすべて兼ねているタイプです。稼働率100%で現場に張り付いている状態では、採用活動に充てる時間がほとんど取れません。エンジニアが採れなければ自分が現場を抜けられない。現場を抜けられなければ採用活動が進まない。このループは体力的にも精神的にも、じわじわと限界を蝕む構造です。「自分が倒れたら会社が止まる」という状況は、経営の持続可能性という観点からも、早めに手を打つ必要があります。
SES社長が案件を断る際の具体的な方法と断り文句
案件を断る際は「早め(参画予定日の2〜4週間前)」「理由は"リソース不足"で統一し特定エンジニアを悪者にしない」「代替の提案日を提示する」の3原則を守ることで、取引先との信頼を維持しやすくなります。断り方を一つ間違えると、長年の取引先関係が壊れるリスクがあるため、丁寧な対応が求められます。なお、個別の契約内容・取引関係によって最適な対応は異なります。法的リスクやトラブルが懸念される場合は、顧問弁護士など専門家への確認を推奨します。
取引先への断りメール文例(コピペOK版)
下記は、SES社長が元請け・取引先に送る断りメールの参考文例です。
【件名】〇〇案件のご参画について(ご連絡)
〇〇株式会社 〇〇様
いつもお世話になっております。◇◇の△△です。先日ご相談いただきました〇〇案件について、現在のリソース状況を確認した結果、誠に恐れ入りますが〇月〇日からの参画が難しい状況となってしまいました。ご期待に沿えず大変申し訳ございません。〇月以降であれば対応できる可能性がございます。改めてご相談させていただけますと幸いです。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
断りメールのポイントは3点です。①「リソース不足」を理由として統一し、特定のエンジニアに責任を負わせない。②「〇月以降なら対応可能」という代替提案を必ず添える。③謝罪と感謝を忘れない。この3点を押さえるだけで、取引先が「断られた」よりも「丁寧に対応してもらえた」と感じやすくなります。
電話で断る場合の伝え方と注意点
電話での断りは、相手の反応をリアルタイムで確認しながら対応できる分、関係修復に向けたコミュニケーションがしやすいメリットがあります。「申し訳ない」という気持ちを丁寧に伝えつつ、「次のタイミングでは必ず対応したい」という前向きな姿勢を示すことが重要です。電話の後は、かならずメールでも内容を書面化しておくと後のトラブル防止になります。「言った言わない」のリスクを避けるためにも、口頭確認後のメール送付は習慣化しておくと安心です。
断るタイミングが遅れた場合のリカバリー法
「断りを言い出せずに参画直前になってしまった」という状況は最も避けるべきですが、万が一そうなった場合は、電話で直接謝罪し、代替要員の提案か次回優先対応の約束を伝えることがリカバリーの第一歩です。「急に体調不良で…」などの曖昧な理由でなんとなくフェードアウトすることは避けてください。信頼の修復には正直な対応が最も効果的です。
断り続けると何が起きるか(取引先離れの現実)
「今回は断ってもまあ大丈夫だろう」と思っていても、断りが重なると取引先の担当者は「この会社には声をかけにくい」と感じ始めます。最初は案件紹介の頻度が下がり、やがて新規案件の情報が来なくなります。気づいたときには売上の柱だった取引先との関係が実質的に終わっていた、というケースは珍しくありません。断ることが一時的な対処であっても、その積み重ねが会社の根幹を揺るがす可能性があると認識しておくことが重要です。
断り続ける前に考えるべき「根本解決」の3択
案件を断り続けることは「症状への対処」にすぎません。根本にある「採用できない構造」を変えるには、①協力会社・フリーランスの活用強化、②採用投資の本格化、③大手グループへの参画という3つの道があります。それぞれの現実的なコストと効果を、フラットに比較してみましょう。
フリーランス・協力会社活用の限界
フリーランスや協力会社の活用は、急場をしのぐ手段としては有効です。しかし、品質管理コストがかかること、単価が上昇していること、信頼できるパートナーの確保に時間がかかることなど、中長期的な解決策としては限界があります。特に、コア案件を協力会社に任せると自社のナレッジが蓄積されず、いつまでも属人的な体制から抜け出せない問題も残ります。「協力会社に頼るほど自社が薄くなる」というジレンマは、多くのSES社長が実感しているところではないでしょうか。
採用強化のリアルコスト
採用エージェントを使った場合、エンジニア1名の採用コストは一般に理論年収の30〜35%程度が相場と言われます。年収500万円のエンジニアを採用すれば、150〜175万円の採用費がかかる計算です。さらに、求人広告費・面接工数・入社後の定着コストを加えると、1名採用あたりのトータルコストは200万円を超えることも珍しくありません。採用強化はリソース問題の根本解決になりえますが、それ自体が相当な資金と時間の投資を必要とします。資金に余裕がない状況で採用投資を拡大しても、費用対効果が出る前に資金が尽きるリスクがあります。
大手グループ入りで「採用力」を借りる発想
採用難を自力で乗り越えようとするのではなく、すでに採用力を持っている大手企業のグループに参画するという発想があります。M&Aによってグループ企業の傘下に入ることで、採用ブランド・福利厚生・給与水準がすべて変わり、エンジニアが集まりやすい環境に転換できる可能性があります。「採用できないなら、採用力がある会社と組む」という逆転の発想です。中小企業庁が公表している「中小M&Aガイドライン」(2020年策定、2023年改訂)でも、後継者問題や経営資源の確保を目的としたM&Aが中小企業の有力な選択肢として明示されています(出典:中小企業庁 )。これは「諦め」ではなく、会社と社員を守るための合理的な経営判断の一つです。
SES会社が大手グループに入ることで何が変わるか
大手グループ傘下に入った後のSES企業に共通する変化は「採用応募数の増加」です。企業規模や知名度が変わるだけで、エンジニアからの応募が増え始め、案件を「断る必要がなくなる」状態に転換できる可能性があります。採用難という根本課題が解決に向かえば、経営全体の歯車が噛み合い始めます。
採用ブランドが変わることでエンジニア応募数が増える理由
エンジニアが転職先を選ぶ際、「会社の規模・安定性・成長性」は重要な判断基準です。技術力や案件の質が同じでも、大手グループの傘下企業というだけで書類選考通過率が上がる、口コミサイトでの評価が上がるといった変化が起きやすくなります。グループ内の知名度・信頼度が採用活動の追い風になり、これまで採れなかった層の人材が応募してくるようになるケースが複数見られます。
大手グループの案件供給・営業力を活用するメリット
大手IT企業や大手SIerのグループに入ることで、グループ内の案件が優先的に回ってくる可能性があります。これまで自社の営業力だけで獲得していた案件が、グループのネットワーク経由で安定的に供給されるようになれば、営業コストの削減と稼働率の安定化が同時に実現できます。取引先からも「大手グループ傘下の企業」として評価されるようになるため、単価交渉でも有利に進めやすくなります。
「社長がプレイングマネージャーを卒業できる」という変化
グループ企業として経営を続けながら、プレイングマネージャーから純粋な経営者へのシフトを実現できるのも大きな変化です。採用・育成・営業のリソースをグループが補完してくれることで、社長自身が「自分が現場から抜けられない」という制約から解放される可能性があります。自分が体を壊してもすべてが止まる、という状態から脱却できることが、経営の持続可能性を大きく高めます。
ロックアップ(引き継ぎ期間)の現実
M&A後には一般に3〜12ヶ月程度のロックアップ(引き継ぎ期間)が設けられます。この期間中は現経営者として業務継続することが求められますが、引き継ぎがスムーズに進めば期間を短縮できるケースもあります。事前に業務マニュアルや顧客情報を整備しておくと、引き継ぎの負荷が大幅に下がり、買い手からの評価にもプラスに働きます。「売ったら翌日から無関係」ではなく、一定の移行期間を経て新体制に移行するのが一般的な流れです。
SES会社のM&A売却相場と進め方の基本
SES企業の売却価格は「エンジニア数×単価水準×稼働率×取引先の安定性」で変動するため一概には言えませんが、10名規模・年商2億円前後の企業でも1億円超の成約事例は複数存在します。今が最も高く売れるタイミングかどうかは、無料査定で確認するのが最短の方法です。
SES企業の評価基準(何がプラス・マイナスになるか)
買い手がSES企業を評価する際の主な基準は次の通りです。
エンジニア数と稼働率:稼働率が高いほど収益の安定性が評価される
取引先の信用力と関係継続性:大手・直取引の比率が高いほど高評価になりやすい
単価水準:エンジニア1人あたりの月次単価が評価に直結する
業務マニュアル・引き継ぎ資料の整備状況:属人化が少ないほど買い手の安心感が高まる
売上・利益の安定性:直近3期の業績推移が重視される傾向がある
逆にマイナス評価になりやすいのは、特定のエンジニアへの業務集中、取引先が1〜2社に偏っている状況、財務書類の整備不足などです。売却を検討する前から、これらを少しずつ整えておくことが価値向上につながります。
売却価格の目安レンジ(実際の成約事例から)
SES企業のM&A成約事例として公開されているものでは、名古屋市内の10名体制・年商2億円・営業利益1,500万円規模で1.2億円の成約事例が報告されています(出典:アーク・パートナーズ )。また、複数の仲介会社の公開情報では、小規模SES事業の売却額は数千万円から数億円まで幅広い事例が見られます。いずれもあくまで一例であり、条件によって大きく異なります。なお、株式譲渡による売却益には原則として20.315%の申告分離課税が課されます。税務処理の詳細は必ず税理士・公認会計士へ確認してください(出典:国税庁「株式等の譲渡所得等の課税について」)。
仲介会社への相談から成約までの流れ(目安期間)
M&A仲介会社への相談から成約までの一般的な流れは次の通りです。①初回相談・無料査定(1〜2週間)→②秘密保持契約(NDA)の締結→③買い手候補の探索・マッチング(1〜3ヶ月)→④基本合意書の締結と独占交渉権の付与→⑤デューデリジェンス(DD)の実施(1〜2ヶ月)→⑥最終契約・クロージング→⑦引き継ぎ・ロックアップ期間(3〜12ヶ月)。全体で6ヶ月〜1年半程度かかるケースが一般的ですが、案件の状況によって前後します。
売却前に整えておくと査定額が上がるもの
M&Aの準備として事前に整えておくと効果的なものは主に次の4点です。①業務マニュアル(引き継ぎを容易にし、買い手の安心感を高める)、②顧客・取引先リストの整理(関係継続性のエビデンスになる)、③直近3期分の財務書類の整備、④エンジニアのスキルシートと稼働状況の一覧化。これらが整っている企業は「透明性が高く引き継ぎリスクが低い」と評価され、価格交渉でも有利になりやすい傾向があります。
SES社長がM&Aを検討する前によくある質問
「売ったら終わり」ではなく、多くのケースで3〜6ヶ月の引き継ぎ期間を経て新体制へ移行するパターンが一般的です。エンジニアの雇用は維持されるケースが圧倒的多数であり、従業員を守りながら自分が楽になれる道は存在します。M&Aに関する不安や疑問を事前に整理しておくことで、専門家への相談ハードルが下がります。
売却後に「自分の居場所」はあるか?
多くのM&Aでは、ロックアップ期間中は現経営者として継続して業務に関わることが求められます。ロックアップ期間終了後は、グループ企業の役員として残留するケース、顧問として関与するケース、完全にリタイアするケースなど様々です。どのような関与形態を希望するかは交渉の中で条件として提示できます。「売ったら放り出される」ことはなく、むしろ買い手側が「既存経営者に継続関与してほしい」と求めるケースも珍しくありません。
エンジニアへの伝え方(タイミング・誰から・何を伝えるか)
M&Aの情報は、成約前の早すぎる開示が組織の不安・離職を招くリスクがあります。一般的には基本合意書締結後〜DD完了後のタイミングで、社長自ら直接伝えるのが望ましいとされています。伝える内容は「雇用は継続される」「待遇の大幅な変更はない(または改善される)」という安心感を最初に届けることが重要です。日頃から社員との信頼関係を構築しておくことが、スムーズな移行の土台になります。
廃業と事業譲渡はどちらが「社長にとって得か」
廃業の場合、解散・清算の手続きには数ヶ月を要し、弁護士・税理士費用も発生します。従業員の雇用も守れません。一方でM&Aによる売却では、一定の対価を得ながら従業員の雇用を守ることができます。厚生労働省「雇用動向調査」によれば、事業所の廃業は離職者の発生と再就職支援の必要につながるケースも多く(出典:厚生労働省 )、社員を守る観点からもM&Aによる存続のメリットは小さくありません。廃業か売却かの最終判断は、必ず税理士・弁護士など専門家に相談の上で行うことを推奨します。
今すぐ売らなくていい。まず「査定だけ」でもできるか?
「相談=売却決断」ではありません。多くのM&A仲介会社では、初回相談・無料査定だけを依頼することが可能です。「今の自社がいくらで売れるか」「どんな買い手候補がいるか」を把握した上で、売るか・続けるか・別の手を打つかを判断するための情報収集として活用できます。まず査定だけ受けてみる、という選択肢が最もリスクが低く、現状を客観視する機会にもなります。
まとめ:断り方を整えながら、採用難の根本を解決する
SES社長が案件を断らざるを得ない状況は、努力不足ではなく「採用難という構造的な問題」から生まれています。断り方の作法を整えつつ、大手グループ入りというゼロベースの選択肢も持つことで、経営の選択肢が大きく広がります。
案件を断る際は「早め・理由はリソース不足で統一・代替提案を添える」の3原則を守る
断り続けることは対症療法にすぎず、採用難という根本課題の解決にはならない
大手グループ傘下に入ることで、採用ブランド・案件供給・営業力をまとめて手に入れられる可能性がある
M&A後もロックアップ期間を経て自社のかじ取りに関与できるケースが多く、「売ったら終わり」ではない
まずは「今の自社がいくらで売れるか」の無料査定だけでも確認してみてください。売却を即決する必要はなく、現状の選択肢を整理するための情報収集として活用できます。